 
        
        ⸻ カネアが「おほほ……完璧な式でしたわね」と振り返る。
        ダニエル、被せ気味に遮って 
「誓いの言葉、までは…」
        「だって“誓いますか?”って聞かれたんですもの。“誓ってあげますわ”が最上級ですのよ」
        なるほど、たしかに彼女にとって“してあげる”は完全に王冠ワードだった。
        語尾に“わ”がついていれば、だいたいのことは丸く収まると思っている節がある。
        永遠の愛を誓ってさしあげる――それを聞いた神父は、顔をしかめるでもなく、怒るでもなく、かといって呆れるでもなく、鼻で笑っていた。
        ――フッ。 
神が天に帰った音だったかもしれない。
        式場の空気がほんのすこしだけゆがんだ。
        まるで誰かが“永遠”という言葉のなかに「※個人差あり」と但し書きを加えたような、――そう感じた者が、どれほどいたかは定かではない。
        式が終わった瞬間、彼女はタキシードの新郎を置き去りにしてヒールを鳴らしながら控室へと駆け込んだ。
        転ばなかったのは偶然である。
        控室のドアには「新郎新婦控室」と書かれていたが、二人が入って最初にしたことは、控えることではなかった。
        たとえば慎み深く椅子に腰かけるとか、緊張を振り返って互いの手を取り合うとか、そういった行為ではない。
        彼女はドレスの裾を掴んだまま、部屋に飛び込むや否や叫んだ。
        「きゃあっ、ダニエル!ベッドふっかふかですわ〜〜!!!」
        彼は「ちょっ、カネア様、裾めくれて……」と反射的に言ったが、その言葉が宙を舞うチュールに届くことはなかった。
        ドレスのスカートはすでに浮いていた。まるで誰かが投げた羽毛布団のように。
        「はしゃいでますの!!新婚さんですもの!!」と彼女が言い、
        バインッッッ!! と跳ねた。
        羽毛まき散らすその姿は、まさしく高級マシュマロの解体ショー。新郎は「ドレスが――」と形式的に注意したが、即巻き込まれ、自分でも訳がわからぬうちに跳ね返っていた。彼女に合わせて跳ね返ってしまった。バインッ。
        男の矜持より、バネのほうが強かったというだけのことだ。
        「あなたも跳ねたわね!うふふ!」
        彼女の声が祝福の鐘のように響いた。少なくとも、彼にはそう聞こえた。
        彼は“跳ねない”という選択肢がないことを悟り、もう一度跳ねた。ふたり、バインバイン。
        ダニエルは、跳ね返りながら思った。
        「これが結婚か……いや、これがカネア様……」
        思い至ったのは、これが人生ということだった。
     

        そして、二人して天井を見ながらベッドにゴロンと転がった。
        彼のネクタイは首から外れ、床に落ちていて、彼女のブーケもそこにあった。