 
        え……
        
—商店街の一角に現れた何やらけばけばしいサイケな“宇宙真理フェス”テント。その日、特に理由はなかった。「あら、面白そう」
――それだけでふらっと立ち寄ったカネアの目に飛び込んできたのは、“第三銀河対応のアセンション水晶”だった。意味は不明だが石の分際で銀河をまたぐらしい。   
「商売繁盛しますよ!!!!」  
 「いま買わないと損します!!!」  
「先着限定!宇宙波動でお財布ホクホク!!!」  
  店員は、まるで白菜の特売を叫ぶかのような勢いでまくし立てた。
カネア様は、すぅっと微笑まれた。  
 「……あたくしに似合う色ですわね♡」
その隣で、ダニエルはつぶやいた。  
 「いや似合っても買うな。やめろカネア様。やめろ……」  
  しかし警告というものは、しばしば風に掻き消える。
ガラス棚の奥にある500mlのペットボトル。  
“宇宙の波動水”のラベルが巻かれたそれを手にして、彼女は言った。  
「5万ですの」  
  カネアの口調は、まるで「キャベツ100円ですわ」と同じトーンだった。その声に、迷いはなかった。
そして、ダニエルの冷たい指が端末の電卓を叩いた。  
「原価、80ルーク。粗利、62,400%。  
  仕入れたらわたしたちでも売れる。いや、売らないけど!!!」
さらに目を輝かせて、カネアは次なる逸品に手を伸ばす。「じゃあ…この“第七チャクラ対応ブレスレット(39万)”は?」  
  ダニエルの指が再び動いた。今度は震えるほどの速さで。
「………  
 ビーズ16個・ゴム・箱付き・原価推定1,200ルーク!!!!  利益率、なんと3,150%超!!!詐欺の香りがするッ!!!!!!!」
ビーズ16個とゴム。  
それで魂が開くなら、風俗もお祓いもこの世に要らないのかもしれない。詐欺か信仰、両者は紙一重、いや紙より薄い。  
 “気のせい”は霊的商売における主要通貨なのだ。
カネア様は微笑んで、次々お買い上げになる。  信じる者は救われる。売り手が、である。
        
         
        ええ……
        
帰宅。  
  カネアは、ブレスレットをくるくると眺める。  
  「心が軽くなりましたわ♡」  
  そりゃゴムだから軽い。
そしてカネアはその宇宙なんたら水を、紅茶に少しだけ垂らして、こう言った。   
  「ねぇ、なんだか……宇宙の香りがしませんこと?」
  飲みながら、ラズベリーなのか、鉄さびなのか、  あるいは未払いのローンの味なのか、ダニエルには判別不能だった。でも、彼は言った。
  「……あなたがそう思うのなら、そうかもしれませんね」  
    曖昧に同意も否定もしなかった。
        
        
         
        
テーブルの上でブレスレットがかすかにチカチカ光った。  
  LEDでも入っているのか、もしくは気のせいか、ーーいや、結論はもはや不要だった。