わたしの誕生日。リビングの薄闇の中、安物のバニラの香りのキャンドルが、まるで葬式みたいに揺らめいていた。去年カネア様がスーパーで、お得用と書かれた箱から鷲掴みにしてきたやつだ。
ソファに座るわたしは、これから起こるであろう「サプライズ」を待っていた。カネア様の言うサプライズは、いつだって地雷原をタップダンスで渡るようなスリルに満ちている。
去年のクリスマスは、彼女は伝統的なディナーと称して、ダチョウの卵の目玉焼きを振る舞い、換気扇のヒューズをとばした。
「サプライズがあるのよ」
そう言い残し、風呂場に消えた彼女。
わたしはただ、ごくありふれた贈り物を期待していた。ネクタイとか、ちょっといいボールペンだとか。あるいは、世の男性が期待するような、陳腐で結構なアレだとか。
──数分後。
バスルームの扉が、ぎい、とゆっくり開く。
地獄の釜が開くとは、きっとこういう音なのだろう。
「……ハッピーバースデー、ダニエル……」
彼女が着ていたのは、
黒と白のボーダー柄の囚人服。胸元には“NO.6969"のネームタグ。
そして何故か、ご丁寧に手錠と鉄球の小道具つきだった。
……犯罪者、である。
「…………」
沈黙。声を出すという
基本的な生命活動を忘れてしまった。
「どうかしまして? 今日という日にふさわしい、“禁断の香り”をまとった女囚ですのよ」
「いや……あの……なぜ、それを選んだんですか?」
これは質問じゃなくて、願いだった。
「ナースにしてくれ」っていう、心からの祈りだった。
でもカネア様は違った。
なにかこう、「ベタを避けたい芸人魂」みたいなものが暴走していた。
「エッチなコスプレって“意外性”が大事なんでしょう?ナースやバニーなんてベタすぎるのよ。その点、これは……誰も予想できないはずですわッ‼️法を越えたエロスとはこのことですわ」
誰も予想できない。ほんまそれ。
法越えなくていい。
わたしは、法に守られた平穏な誕生日を過ごしたかった。
「ふふ……では、あたくしの“脱獄”を手伝ってくださらなくて?」
「うわ、言い方エロ……でも待って。それ、ファスナーどこ?」
「(ごそごそ……)……前ですわ。囚人服って実は、前開きなんですの」
彼女が胸元のファスナーに手をかけ、ゆっくりと下ろし始めた。ジーという音とともに、安っぽいプリント生地が左右にわかれ、その隙間から見慣れた彼女の肌がのぞく。
足元の鉄球が、ゴトッと床に転がった。
「…………無理だ……やっぱ無理……なんていうか、コンプライアンス的に……」
「……えっ」
彼女の顔から、自信に満ちた笑みが消えた。
「あなた、今日のために、“女囚 えっち おしゃれ”で画像検索したあたくしの努力が……‼️‼️」
「もうほんと申し訳ないっす……いや、本当に………」
「……もう、ナースにします。次回からは、あたくし……無難にナースにします……」
彼女はうなだれた。
再びファスナーを上まで上げた。その、一度は見えた肌が隠れていく過程と、打ちひしがれた彼女の表情のコンボに、わたしの心臓は皮肉にも大きく脈打った。
(あ……可愛い……というか、着替えかけがもうエロい……)
「あの……その……いっそ今からでもナースになってもらっても……」
わたしが言い終わる前に、彼女は顔をあげて言った。
「あなた、今日あたくしを前科者にした責任、とっていただきますわよ?」
「よろこんで……!」
──こうして、囚人からナースに華麗な転身を遂げたカネア様は、その夜ばかりは“愛の注射”という過剰な医療行為で、わたしを骨の髄まで“更生”させることになったのだった。南無。