──参加者:2名。なのに、ゲームは成立している。不思議。
カネアは「真夜中の娯楽」と称し、会社の応接間をわざわざ暗くし、ちゃぶ台の上にキャンドルを点した。こうでもしなければ二人きりの人狼ゲームは「カード二枚の福引き大会」だとバレる。
ダニエルは付き合いがいい──ここでは「犠牲心が強い」とも読める──ので、いちいち指摘しない。彼はこの会社の平和を、口をつぐむことで守ってきた男だ。
「ふふ……さあ、カードを引いてちょうだい」
ダニエルは溜息をつきながらも、律儀にカードを見つめていた。
「いやいやカネア様。2枚しかないですよ? “人狼”と“村人”。どっちかしかないんすけど」
「そうですわよ、引いて? さあ、運命の瞬間ですわ!!!!」
──わざわざルールブックも用意して、照明を暗くしたのに、ルール上も心理戦上も、意味はない。
──だが、それがいい。
カネアが札を二枚、わずか二枚を何度も何度も優雅に切る。横でダニエルがそんなに混ぜても意味ないっすよと心の中でツッコミながらも言わない。言えば終わる。言わなければ、夜が始まる。彼はこういう茶番に慣れている。
ダニエルは律儀に指先で一枚抜き取った。
(……“村人”)
(……“人狼”)
という静かな心理描写をふたりとも行なったあと、無言で顔を見合わせた。
なんとなく、お互いに答えは見えていた。
というか、お互いの顔にテロップが出ているレベル。
カネアが、急に声を張る。
「……さあ、議論タイムですわ!」
駆け引きもへったくれもない。
勢いだけはある。
「議論っていうか……あなたが人狼じゃないですか?」
すかさず返す副社長。慣れている。
「なにを根拠に?」
「だって、わたしが村人なので……」
「あたくしが村人の可能性は?」
「……ない、です」
「………フンッ!!!!」
負け惜しみのフンを一つ鳴らすと一拍おいて、カネアは“夜時間”を宣言し、椅子をずらして身を寄せてくる。
「ならば、あなたを“食べて”しまうしかないようですわね……♡」
このあたりから、人狼ゲームは完全に形骸化する。セクハラでしょとダニエルは思ったが、もう手遅れだった。
「ふふ……やっぱり、あたくしの勝ちね」
「はい、完敗です」(なんだこの茶番)
どうせ、この夜も、村人は“食べられる”で、抵抗しても、何も変わらない。けれど茶番は茶番で、幸福のかけらくらいは落ちている。
ダニエルがキャンドルを吹き消し、ちゃぶ台を片付けると、闇がすぐさま応接間を飲み込んだ。あとは寝室へ退場するだけ。カード2枚の福引き大会は、今宵もめでたく、その続きへと舞台を移した。