午後一時ちょっと過ぎ。コスモロード社・社長室の革張りソファに深く沈み、ダニエルは人生の教訓を『SPA!』から学ぼうとしていた。ページ見開きの特集は〈副業で月7万!宇宙時代のスキマ稼ぎ〉。「マジで?」「可能なの?」といった赤ペンの書き込みが踊っている。これがダニエルなりの将来への真摯な取り組み方だった。つまり、全然真摯ではないということだ。彼は「副業するなら週3が限度」という一文に赤線を引きながら、自分の人生設計がいかにファンタジー小説に近いかを薄々感じ取っていた。
そこへカネアが現れた。ラフなワンピース、素足、そして完全無欠の退屈フェイス。やや退屈そうなその視線は、「自分だけ別世界に浸らないで」というメッセージを込めている。
「ねえ、あたくしも何か読みたいの。あなたばっかりズルイわ」
これは翻訳すると、「さっき八つ当たりした件はチャラね」という意味だった。
「じゃあ…これでもどうぞ」
彼が差し出したのは 『ちゃお夏休みスペシャルデラックス号』 だった。
網膜を直撃するまばゆい表紙。“恋する夏休みスペシャル”のピンク色に燃え上がった帯。付録の「きらきら定規」は外れかけて危なっかしくカタカタと揺れていた。
「ちょ、ちょっと待って!あたくしに“ちゃお”を与えるとはどういう了見ですの?!?! なめてるの??!?」
「いえ、尊敬しております……“めちゃモテ委員長”読んでいたとおっしゃってたので……」
「子どもの頃ですわっっ!!! いまは立派な、れっきとした、社長なのよ?!?!」
しかし抗議の声とは裏腹に、指は既にページをめくり始めていた。
「ふ、ふん……少しくらい、読んであげても……よろしくってよ……?」
ダニエルは彼女の矛盾した行動を見て、人間の複雑さについて深く考えた。つまり、「ですよね」と思った。
カネアは「キラキラ部活デイズ」特集を読みながら、「この主人公、部活と恋と勉強、全部うまくいきすぎですわ」と呟く。一方ダニエルは、「40代から始める貯筋トレ」記事で、なぜか焦り始める。 (もう少し運動したほうがいいんだろうか)
「働かない人のためのマネー術」というコラムを読んだ時、ダニエルは「書いてる人、絶対会社勤めしたことないだろ……」と心の中で突っ込んだ。そしてページをめくると、「熟女パブの新常識」という記事に直面し、思わず、カネアの方を見てしまった。
カネアは、付録のシールを手の甲に貼ってみたりして遊んでいた。
「何見てるの?」
「いや、別に」
ダニエルは慌てて視線を戻し、雑誌をめくり直した。ちらりと見えた誌面には“週末バーテンダーでコミュ力爆上げ”の活字。
「土曜の夜はあたくしのお相手で埋まってるでしょ?」
カネアが視線を上げずに言う。
やがてカネアは雑誌を閉じ、定規をカチカチいわせながらささやかな声で認めた。
「……まあまあでしたわ」
「おかわりします?」
「バカにしてますの?」
「いえ、次は“りぼん”もご用意できますが…」
「用意しなさい‼️」
ダニエルは再び雑誌を開き、「老後資金2000万問題」の特集を眺めながら小さくため息をついた。
「副業、マジで考えないとまずいな」
この瞬間、彼は自分の人生が『ちゃお』の恋愛ストーリーよりもはるかに予測不可能で、そして遥かに滑稽であることを悟ったのだった。