コスモロード社というのは、もともとが宇宙旅行会社であって、つまりは宇宙船に客を詰め込んで、非日常を売ることを主とした事業体である。もちろん医療とは一切無縁の存在である。にもかかわらず、ある日突然、彼らは病院を開くという。なぜ。この会社の「なぜ」という疑問は、始業のチャイムが鳴る前にクローゼットの奥にしまい込んでおくのが、賢明な処世術なのだ。
「ふふっコスモロード社の新事業として、病院経営をいたしますわ」
そしてそれを言い出すのは、もちろんカネアその人である。やたら目がキラキラしていて、語尾に圧をかけがちな社長である。というより一種の自然災害である。予測不能なハリケーンであり、避けることのできない確定申告みたいなものだ。
「病院?いや、うちは宇宙旅行会社ですよ」
副社長ダニエルの反論は、正しい。あらゆる点において正しい。だがこの会社において正しさは何の力も持たない。というか、むしろマイナスに作用することすらある。正論は、この建物では伝染性の高いウイルスみたいに扱われる。誰もが鼻をつまんで、それが通り過ぎるのを待つだけなのだ。
「ですが、医療もまた宇宙旅行に不可欠……さあ、コスモロード総合病院の開院ですわよ‼️」
不可欠ですわ、の一言で始まる全宇宙スケールの病院ごっこ。全宇宙の健康を担う壮大な病院ごっこが始まった。それはもう、「ごっこ」などという可愛い言葉では収まらず、もはや暴走、あるいは行政指導案件である。
「では、あたくしが院長。ダニエルは外科医ですわ」
「外科?いや、わたし医療の知識ゼロですよ」
いや、ほんまに。ゼロなんですよ彼。家庭用の包丁の使い方すら怪しい。けれどそんなことは、この場では関係ない。
なぜならこれは、医療ではなく、儀式だからだ。意味を問うた時点で、参加資格は剥奪される。
「雰囲気が大事ですわ。では、最初の患者様をご案内いたしますわね」
ぬいぐるみが椅子に置かれる。かわいそうなやつだ。何も知らずに、突然の病院送りである。
ダニエルはぬいぐるみを見つめた。ぬいぐるみもダニエルを見つめ返した——いや、見つめてなどいない。ただそこにあるだけだった。しかしダニエルには、そのガラス玉の目に哀れみの色が浮かんでいるように見えた。
「ダニエル先生。この患者様を診察なさい」
「えっと……患者さん、どこが悪いんですか?」
「ん~~~。お腹が痛いそうですわ」
チャーミングにお腹が痛いと言われても、こっちは困る。そもそも、ぬいぐるみには臓器がない。だが、カネアの脳内宇宙においてはすべてがある。胃も腸も、ついでに痛みも。むしろ、ありすぎる。超過している。
「ええと……これは虫垂炎ですね。手術が必要です」
「まぁ。では、執刀いたしますわ。メス‼️」
「いや、メスなんかないですよ。せめてハサミにしときましょう」
選択肢は、ない。世界はすでにハサミに委ねられていた。覚悟を決めろ、ぬいぐるみ。もし君に来世というものがあるのなら、コスモロード社の半径5キロ以内には近づかないことだ。
「では、開腹いたしますわ。せ~~の」
ジョキッ
「あっ」
手応えはあまりにも軽かった。だが問題は、その部位である。心臓。まさかの心臓直撃。誤切開。弁解の余地もない、意図的な切開であり、事故であり、法的に言えば犯罪であった。
「い、今のは……ええと、誤切開」
「完全に医療ミスですよ。っていうか、もう助かりませんよね?」
「まぁ、大丈夫ですわ。すべては心の持ちようですから」
カネアがそっと手をかざす。その様子は、もはや外科医というより魔女である。あるいは宗教家。霊媒。治療と念仏の境界線上で、彼女は何かを始めようとしている。
「えいっ奇跡の回復魔法♡」
当然、ぬいぐるみは動かない。なぜなら物理的に、概念的に死を迎えていたからである。院長自らの手によって。
「…… 失敗しましたわ」
「そりゃそうでしょうよ。もう病院ごっこやめましょう」
「ふぅ……。まぁ、次はもっと慎重に手術をいたしますわ」
「まだやる気なんですね⁉」
こうして、コスモロード総合病院は開院初日にして堂々たる医療ミスを犯し、即日閉院となった。
ただし、カネアの脳内では、次なるオペがすでに予約で埋まっていた。
クマのぬいぐるみは、今も会議室の椅子に座っている。胸の傷跡は記念碑のようなものだった。コスモロード社における野心と失敗の、小さくて綿の詰まった証人として。