夏の盛り、商店街の一角に金魚すくいの屋台が出る。カネアは、やたらときらきらとした眼差しで「ダニエル!!この子!!お家に連れて帰りますわ!!!!!!」そんな声に、ダニエルは「……ええ、またそうやって……」と、もう慣れた顔で苦笑いしている。
そういう顔を、もう何回もしてきた気がする。
家に帰ってきてからが本番である。カネア様、「お水?カルキ抜き?ごはんは?」と飼い始めのテンションで一気に質問攻め。ダニエル、「はい、はい、はい、済んでます」
三日後、カネアは金魚をほとんど見ていない。すでに飽き……いや、「観賞向きですわね」と言い訳をする。観賞とは、こうして“観ない”ことも含まれるのかもしれない。いや含まれない。
ダニエルがスポイトで水を替える。「俺が親やん」と心の中でつぶやく。
一ヶ月も経てば、名前は「さかなちゃん」と定まり、エサやりも、フィルター交換も、水槽掃除も、みなダニエルの仕事となる。
むしろ、カネアの中では「もう育て上げた」くらいの感じになってて、「この子、あたくしが育てたのよ」と平然と言う。たまに水槽を覗いては「ぷふっ、ブサイクですわね♡」と笑うのだった。
夜になると、ダニエルは水槽の前でぼそっと話す。「……お前も、苦労してるよな……」不思議と、こういう時の金魚はやたら元気そうに命のまま泳いでいる。
そして1年、5年、10年――とにかく超絶長生きした。なんかもう、さかなちゃんも「どうせならギネス目指すか」くらいの表情で水槽にいる。
今日も金魚は、ガラス越しの2人が世界の終わりのような喧嘩をしようが、朝焼けみたいなプロポーズをしようが――――顔もしかめず尾も振らず、知らぬ顔して水の中を泳ぎ回っている。