その夜、二人は深夜営業の巨大量販店で購入した戦利品を吟味していた。
それは、世間一般の多くのアダルトが、公の場でその名を口にするのをやや躊躇うであろう、電動マッサージャーと呼ばれる物体だった。

しかし、彼らの間では、それは肩こり用の文明の利器でしかなかった。
「これ、ほんと肩こりに効きますよね」
ダニエルは、まるで最新のコードレス掃除機の性能をテストするエンジニアのような、完全無垢な顔で言った。
彼は説明書を隅々まで熟読し、推奨される使用法と禁忌事項を完全に把握していた。
「ねぇ、首にも使っていいんですの?」
パジャマ姿のカネアが、ベッドの端で足をぶらぶらさせながら、次の施術の「おかわり」を要求した。
彼女の関心は、純粋に頸椎周辺の筋弛緩に向けられている。
「もちろんです。全身用って書いてありますから」
ダニエルが真顔で読み上げる製造元による全身用という太っ腹な許諾は、彼らの世界においては完全に文字通りだった。

「ぶぃぃぃぃん……」という、ある種の人々には別の想像をかき立てかねない低周波の作動音は、彼らの寝室では単なるリラクゼーションのBGMだった。肩、腰、ふくらはぎ。彼らはまるでスポーツジムのトレーナーのように、その機械を互いの身体に当てがい、交代で全身コースを施した。
「電マの歴史は奥深いですな」
「次は足裏お願いします」
彼らの間で交わされる解説トークは、日曜午後に放送されている健康情報番組のそれであり、驚くほどに本気(マジ)の健康モードだった。


「ねぇ、これって変な使い方してる人とか……いないの?」
ふと、カネアが学術的な好奇心(少なくとも彼女にとってはそうだった)を口にした。
もちろん、彼女の言う「変な使い方」が、具体的に何を指すのか、彼女自身もまったく分かっていない。
せいぜい、フォークを櫛代わりにする、といった生活の知恵レベルの逸脱を想像しているに過ぎない。
「うーん、でも、これだけ便利だと頭皮とか肩甲骨とか、いろんなところに使いたくなるんじゃないですか」
ダニエルの想像力は、そのあまりの健全さにおいて、ほぼ無菌室レベルだった。彼が捻り出した「変な使い方」の限界点は、「頭皮」や「肩甲骨」といった、説明書に明記されていないが解剖学的には無害な部位への応用、というところまでだった。
彼らの辞書に、エロ用途という言葉は存在しないかのようだった。「振動でリンパが活性化しますね!」「脚もスッキリしてきました」
夜は、どこまでも理学療法士ムードに終始した。

「あのお店便利ですわね」
「また新しい健康器具を探しましょう」
彼らにとって、あのカオスなジャングルは、単なる「便利な健康器具の宝庫」でしかなかった。二人は、次の探検(おそらくは新しい低周波治療器かフットバスの探索)に思いを馳せ、終始ピュアピュアなムードでその夜を終えた。

……と、まるで道徳の教科書の最終ページのような一文でこの夜を締めくくろうとした、その瞬間だった。


「ッッてそんな訳ないだろうが‼️‼️‼️」
ダニエルの絶叫が、静かな寝室の空気を引き裂いた。それは、清らかな聖歌隊の合唱に突如割り込んできた、デスメタルバンドのシャウトのようだった。

「……ダニエル?急に大声を出して、どうかなさいましたの?まさか、振動で脳まで揺さぶられた……?」
カネアは、ベッドの端で足をぶらぶらさせるのをやめ、本気で心配そうな顔で彼を見つめた。彼女は、目の前の男が「ピュアピュア」というナレーションそのものに(あるいは、それを演じ続ける自分自身に)ブチ切れたなどとは、想像もしていない。
「(ハッ……!しまった、カネア様の前で……!)」
ダニエルは、説明書を熟読していたあの知的な自分(のフリ)を、慌てて呼び戻そうとする。だが、一度放たれた本音の弾丸は、もう戻らない。
彼の脳裏には、あの深夜の店の棚で、この健康器具が、なぜか潤滑ゼリーや怪しげな小箱の隣に、実に堂々と鎮座していた光景が、鮮明にフラッシュバックしていたのだ。
彼は知っていた。
知っていて、「これは肩こりに効く」という一点のみを拡大解釈し、自らに強力な認知バイアスをかけていたに過ぎない。それは、ダイエット中に「カステラは卵と砂糖だからほぼ栄養補助食品だ」と主張するのに似た、悲痛な自己暗示だった。
「い、いえ……あの……これは、その!……思ったより、電力が強いな、と!」
「まぁ。省エネ設計ではないんですのね」
カネアは、ダニエルの動揺を「電力事情への憂い」か何かだと解釈したらしい。

「それで、ダニエル。次は頭皮ではなく、もっと……こう……別のところを試してみたいですわ」
「(ビクッ)……べ、別のところ、とは……?」
ダニエルの背筋を、冷たい汗が流れ落ちる。
ついに来たか。彼は、最悪の事態(あるいは、一部の人間にとっては最高の事態)を想像した。

お腹ですわ。あたくし最近少し便秘気味ですの。この振動で、腸のぜんどう運動とやらを……」
彼女は本気で、腸の運動を促したいだけだった。
「……承知、いたしました」


ダニエルは、その夜、あらゆる邪念(と真実)を心の奥底に封印し、ひたすらに「ぜんどう運動」のサポートに徹する覚悟を決めた。彼の顔は、もはや無表情な能面のようになっていた。
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