カネアがバスタオルを段ボールという四角い棺に押し込みながら言った時、ダニエルは心の中でカウントを更新した。十七回目だ。過去三週間で十七回目の「YAT不在嘆き」である。それを聞いたダニエルは、心の中の陰湿簿記、誰にも見せない黒皮の元帳をぱらりと開いて、はい十七回目、と朱で線を引いた。

「いませんわね。今日も」とカネアは言った。
ダニエルは「そうですね」とだけ答えた。これはもはや儀式だった。朝のコーヒー、昼の軽食、そしてカネアの向かいのビルに対する片思いの確認作業。
それに、今日が彼女がこの特定の感情劇を演じる最後の日であり、ほんのわずかに哀愁めいたものがあった。
「っていうか、もうずっと誰も見てませんわよね」とカネアは続けた。
ダニエルは返事の代わりに窓の外へ目をやる。薄闇の向こう、問題のビルは相変わらず真っ暗だ。
「灯りもついてませんから」とダニエルは感情的支援ではなく、事実を提供した。「たぶん、ツアー中なんじゃないですか」

その声は平静を装っているが、しかし内心では、この十七回目の嘆きに対する倦怠感と、同時に、カネアに対する微妙な庇護欲と、そしてなぜか自分でもよくわからない焦燥感とが入り混じっており、それらはまるで三色の絵の具が混ざって灰色になるように、彼の心を染めつつあった。灰色なのである。灰色。つまり、どっちつかず。煮え切らない。そういう色だ。ダニエルの心は煮え切らなかった。煮え切らないまま、灰色のまま、そこにあった。

「うちよりも忙しいってこと?」

「可能性は……あるかもしれません」

「……まあ、ざんねんですけれど」

カネアは、ぬいぐるみを段ボールのふちに沿うように配置しながら言った。それはまるで、小さな布製の動物たちを避難用の小船に乗せる作業のようだった。いや、実際そうなのである。彼らは明日、この仮オフィスを出る。沈没船から逃げるのだ。

「最後にもう一度お姿を見たかったですわ。せめて一度だけでも」
間。
そして「ああ、ゴロー様♡」
出た出た、とダニエルは思った。
「あのビルから颯爽と歩き出すお姿……結局三回しか見られませんでしたけれど。あたくしの心の中では三十五回に増やしておきましたわ。」
三回が三十五回。これはもはや記憶ではなく、フィクションだった。カネアは自分の脳内に映画アーカイブ全体を構築していた。おそらくスローモーション機能と壮大なサウンドトラック付きで。

「でも、もういいの」と彼女は宣言し、カネアは大きく背伸びをした。服の裾が緩やかな弧を描いてずり上がり、へそが一瞬の自由を主張しそうになる。ダニエルは目を逸らすという全力の防御をもって、その危うい瞬間を耐えた。

「今日で仮オフィスにさようなら。明日、あたくしは『YATビルの向かいで夢見がちなレディ社長』を卒業しますわ」
「明日はご両親のビルに引っ越しですね。あの……」とダニエルは慎重に言った。
「あれはオンボロじゃない⸻レトロよ!」とカネアは突然の情熱で訂正した。「そしてあたくしはそこでちゃんとした社長になるの。家賃を……家賃を払えるだけ稼ぎますわ!」
「家賃?」
「固定資産税」と彼女は少ししぼんだ様子で言った。「バカにならないのよ」
「ああ」

それにしても段ボールが増える。増えること、秋の落ち葉。 パッキングは、まだ全然終わっていない。
「絶対にいる」「いるかも」「いらないけど捨てたくない」「いらないけど思い出」と分類された段ボールが、微妙に混ざり合いながら壁を埋めていく。

「ダニエル、あなたは少しも寂しくないの?」とカネアが突然尋ねた。
「何がですか」
「ここよ。よかったじゃない。駅近。コンビニも近い。たまにゴロー様もお見かけできて⸻」
「最後のは私には恩恵ゼロでしたけど」
「なによ。ヤキモチ?」
「…いやあ、別に?」
「顔が嫉妬してるって言ってますわよ」
「違います」
「じゃあ、あたくしがもし、ゴロー様のことを思い出してあぁん♡ってなっても気にならないの?」
「……。別に??全くなんとも????おもいませんが????」
「ふーん?」
「……」
「ふーん♡」
「……………」

沈黙。段ボールの天面を走る梱包テープの音が会話の代役を務める。

「完璧」とカネアはついに宣言し、箱を封じた。
「明日は朝一で鍵を受け取りに行かないと」
「あたくしたちのビルの」
ぬいぐるみと財務書類と、その他もろもろの名づけようのない何かが一緒くたに詰められた箱⸻段ボールの玉座の上に、彼女はちょこんと座って天井を見る。そこには、薄くて、なんとなく頼りない蛍光灯がぶら下がっている。まるで、彼らの会社の財政状態を象徴するかのように、点滅しそうでしていない。

「ダニエル?」
「はい」
「考えてたの」
「何を?」

「この会社、続けていかなきゃって.
お母様とお父様が残してくださったこの名前、居場所……あたくしが守っていかなきゃいけないの」
彼女の声が変わった。冗談もなく、虚勢もなく。ただ静かな決意だけ。
ダニエルはそれを聞いて、少し驚いた。カネアがこういう声を出すことがあるのを、彼は時々忘れていた。

「ふたりになって、もう終わりかもしれないと思った日もありましたわ。でも、あたくしたち、ちゃんとやってきたじゃない。
ちゃんと今日まで、生き延びて、
ついに、自分たちの場所に戻れるのよ」

ダニエルは慎重に言葉を選んだ。
「ご両親もきっと誇りに思ってますよ」と。
「そうだといいけれど」
彼女は別の箱を閉じた。中身は、契約書、経費報告、ぬいぐるみ、そして折りたたまれた未来。未来は折り癖がついても、広げれば景色になる⸻と信じるために、いったん畳んでおく。

「行きますわよダニエル」
「はい」

「お母様、お父様⸻
ちゃんと胸張って報告できるような会社にしてみせますわ。あたくし負けないの。
たとえ床が抜けても‼️水が出なくても‼️隣の部屋にゴキが出ても‼️‼️」

「それは……設備に深刻な問題があるのでは」
「気合いでなんとかしますわ‼️あなたが‼️」
「私が⁉️」
カネアはダニエルの恐怖に満ちた表情を見て笑った⸻本当に笑った⸻そしてその音は空っぽのオフィスに響き渡った。
通りの向こうでは、YATビルが暗いままだった。彼らの出発に無関心に。でもそれでよかった。彼らはもう誰か他人の光を道標にする必要はないのだから。たとえ彼らが持っている光が最後のフィラメントにすがる裸電球一つだったとしても、それは彼らのものだった。

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