夜10時。
カネアは姿勢を正し、スマートフォンを小さな三脚に立てていた。まっすぐ画面を見て、顎の角度を計り、ライトの反射具合に文句をつける。そうしている彼女は、社長で、女で、そして今日ネイルを塗り替えたばかりだった。
すべてが本人にとっては誇らしい事実で、世界がそれをどう評価するかなど、まるで関係なかった。

「こんばんは〜」と彼女は言った。

その声は、不特定多数の視聴者に向けられた、完璧にチューニングされたものだった。
「今日はコスモロード社の近況と、あたくしの新しいネイルを……」

やがて、画面の左上に血のように赤い点が灯り、「ライブ配信中」という無愛想なテロップが浮かび上がった。そこに無慈悲に表示された視聴者数は、潔いほどのミニマリズムを湛えた「1」であった。

ダニエルである。
それが、この配信における視聴者のすべてだった。

「来てくださってありがとうございますっ💖」
彼女はニッコリ笑い、完璧なトーンで言った。
それはテレビで見るアナウンサーのようで、たった一人のためにそう振る舞う彼女は、実のところかなり勇敢だった。

画面にはコメントが打たれる。これは、この奇妙な二人芝居における、彼に与えられた唯一の役柄だった。

『こんばんはカネア様。お綺麗ですね』

その文字列を視界に収めた瞬間、彼女が維持していた完璧な笑顔は、まるで電源プラグでも引き抜かれたかのように、すっと消えた。

2

「……あんたしかいないのね」

返事をするかのように、次のコメントが、間髪入れずに打ち込まれる。

『誰も来ないですね』
『わたしが独占できますね』

倒錯と偏愛とは、しばしばこのようにして、誰にも見られていない場所で静かに育まれるものである。その証拠に、このやり取りを不審に思う第三者はどこにも存在しなかった。というか、誰も見ていなかった。

カネアは気を取り直し、トークテーマを探した。彼女の脳内には、“視聴者1000人"を想定して用意されたであろう、いくつかの華やかなトピックが用意されていたが、現実の視聴者数はその想定の0.1%だった。

「今日のお夕飯はカレーでしたの」

『美味しかったです』

「あたくしの好きな映画は…」

『先週、一緒に見ましたね』

「旅行の思い出は…」

『全部隣にいました』

彼女が語ろうとするすべての過去は、即座に彼によって捕捉され、共有財産として処理された。彼女の思い出は、公衆の面前で披露される前に、ことごとく共犯者によって私物化されていく。パブリックな語り口は、プライベートな既成事実に阻まれて、行き場を失っていた。

20分後、配信は終わった。
画面の左上から「LIVE」の赤い点が、まるで命の火が消えるように、ふっと消えた。


スマートフォンをテーブルにそっと置いた彼女は、静かに言った。

「配信の意味ないじゃないの」

その頃、ダニエルのスマートフォンには、「ライブ配信が終了しました」という、墓標の碑文のように無機質な通知が届いた。彼はその文字列を数秒間見つめた後、スクリーンショットを撮って、その画像を静かに保存した。それは、成功した配信の記録ではなく、共有された無意味な20分間の、完璧すぎる証明写真だった。
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