COWGIRL Tシャツ

「ダニエル、どうかしら? このTシャツ、300均で買ったの。安いって素晴らしいですわね」

と、彼女は言った。言うやいなや胸を張った。張られた胸には“I LOVE COWGIRL”と書かれていてど真ん中にハートがあった。そして、その下には、小さくて油断も隙もない字で──

“Riding is the best position.”

ダニエルは一拍置いて、考えざるを得なかった。どこで服を買ったって?原価いくら?それから胸にあった文字を、脳で咀嚼した。
“I LOVE COWGIRL” ──いいだろう。乗馬は健康に良い。牛も大事にしなきゃ。
だが、そう、その下に書かれた言葉だ。安さとは、そういうリスクも抱えるものらしい。

彼は言及しなかった。できなかった。「あ、それたぶん性的な意味ですよ」なんて言ったら最後、宇宙規模で終わる。人は時に、黙っていることでしか世界を守れない。

「……ええ、素敵ですね。とてもよくお似合いです、カネア様」

完璧な外交的発言を聞いて、カネアはたいそうご満悦だった。強そうな女の子がプリントされてるのもポイントらしい。で、「乗馬」って、やっぱりロマンですわよね──とか言い始めた。

(絶対それ、乗馬ってだけの意味じゃない)

ダニエルは黙ってアイスコーヒーをすすった。氷がグラスの中で、どうでもよさそうにカラコロ鳴った。

「ねえダニエル。この英語、なんて書いてありますの?」
ああ、来た。時が止まった。

(どうする俺……真実か、平和か……)

「えーとですね、たしか……“自分に自信のある女性が最強だ”……みたいな意味だったかと」

「まあ‼️ ステキ‼️あたくしのことじゃありませんの‼️」

正解だった。最高に適当で、最高に平和。彼は自分の機転に軽く感動すら覚えた。
カネアはスカートをくるりと回した。その動作は、誰がどう見ても「ベスト・ポジション」だった。彼の脳内で、最後のニューロンが小さく爆ぜた。

このあと、通りすがりの外国人観光客がカネアのTシャツを二度見した。「Yo… that’s bold」とつぶやいた。だがカネアは、まったく気づかず「こんにちは〜」と手を振った。

その無敵っぷりが、ダニエルの“守りたいこの笑顔ランキング”を無駄に更新した。

満足げなカネア
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