インスタ

ことの発端は、カネアの「インスタが伸びないんですの‼️」という、朝の怒声だった。

「タグを20個まで付けてもバズらないのって、もはや呪いじゃありませんの⁉️」

ダニエルは、昨日カネアが載せた“空っぽの食器棚と『#映え』”の投稿を眺めながら、そっとスマホを裏返した。理由はシンプルだ。見れば見るほど、映えてなかったのである。

「というわけで──あなた、広告案件を取りなさい!」
「……わたしが、ですか?」
「他に誰がいるの?」

カネアの定義によれば、副社長の業務には「SNS収益化」が含まれていたらしい。

というわけで始まった、“コスモロード社・副業ステマ部門”。まずはMAMがAIレコメンドしてくれたのが、「月額500ルークでサブスクできる無添加入浴剤『湯ノ国スキン』」の案件だった。

初回PRの撮影は浴室で行われた。もちろん、投稿文面はカネアが書いた。


🛁🩷正直ビックリですわ‼️肌がふわっふわ!ダニエルにも「赤ちゃんみたい…」って言われましたの🥺
#提供 #湯ノ国スキン #温泉気分 #すっぴん女子 #あたくしが世界基準


写真は鏡越しの色香ショット――のはずが、鏡にはバスタオルをターバンにして泡立てネットを乾かすダニエルの姿が映り込んでいた。コメント欄が騒ぐ。「男がいる」「生活感えぐい」「カルキ汚れ」――映えさせない三悪である。


次の案件は、青汁。「なぜ突然、健康路線……?」と首をひねるダニエルに、カネアは言った。
「インスタって、だいたい青汁→下着→怪しい自己啓発の順で伸びますのよ」理論があるようでない。だが確かに、最近のインフルエンサーのTLはそんな感じだった。


見出しは、🥬🍵お通じが神‼️
#提供 #青汁 #腸活 #お姫さま排出習慣
などタグがつらなる。


「……これ、会社のアカウントですよね?」
「もちろんですわ💖」
「……」

コスモロード社の公式Instagramがうんち投稿でバズった日、副業としてのステマ事業は完全に軌道に乗った。
フォロワーが1万人を突破したある朝のこと。カネアが、鼻息荒く浴室から飛び出してきた。

「NFTの案件が来ましたわ‼️‼️」そのテンションに、ダニエルは思わずスポンジを落とした。

「……えぬえふ…なんです?」
「知りませんけど‼️なんか、すごそうじゃありません⁉️」
知らんのかい、である。

そのDMには、「カネア様の画像をNFT化し、唯一無二の資産として販売しましょう」と書かれていた。しかも報酬は1点につき5万。

「つまり、あたくしの“おしり写真”が、宇宙でひとつだけの資産になるんですのよ‼️」
「いやいやいやいや……」
突っ込まずにはいられなかった。

「画像って、保存すれば誰でも見れるじゃないですか」
「でも、“これはあなたのものです”って言ってもらえるらしいですわ‼️」
「それ、言葉だけでは?」
「でもその“言葉”が、ブロックチェーンですの‼️」
「……どういうこと?」
「あたくしに聞かれても困りますわ‼️」

結果、NFTとは何かという根源的問いはその場で解決されなかった。だが、興奮したカネアは、もう写真を撮る気満々で、ラップタオル姿のままポージングを始めていた。

「この角度、なんだか“資産”って感じしません⁉️」
「……“資産”って、もっとこう……金庫の中にあるものとかじゃないんですか?」
「何を言ってますの、ダニエル。“おしり”も信用と言う名の資産ですわ‼️」

このあたりから、会話の整合性がまったく取れなくなっていった。

結局、MAMが冷静に切り込んだ。「詐欺の可能性が97%ございますよ」
そのひとことで、ふたりは案件を断った。だが──ラップタオル姿の“信用”は、すでに投稿予約済みだった。

後日、「#これは資産」と書かれた画像が、例によって自動投稿された。ブロックチェーンの時代に、止める方法はなかった。

インスタ2
地域貢献アピールも欠かさない
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