突然にカネアが恭しくピンクの携帯ゲームを取り出し、こう宣言した。
「ダニエル、あたくしたち“たまごっち”を育てますわよ」
ダニエルは未入力の経費精算に八つ当たりしていた指を止め、「いま何時かご存じですか」と聞きかけたがやめた。
曰く、子どものように育てよ。
さっきまで借金返済の算段をしていた副社長の脳内に「子育てローン」という単語が点滅したがそんな現実は電子音で塗りつぶされる。ピンクの本体が、カネアの手の中で胎動した。

深夜2時。たまごっちは💩で埋まった。
「どうしてこうなるのよ‼︎」とカネアが叫ぶ。どうしてもこうしても、原因は連打で与えたケーキである。甘やかしの結果は概念より先に物理でやって来る。ダニエルが掃除ボタンを押すと、ウンチはビデオテープの早送りみたいに消え去った。育児とは、うしろ暗いものを光速で流す作業かもしれない。

マリーゴっち(命名:カネア様)は育った。筋肉質に。筋骨隆々のボディで、画面の中でプロテインを飲み始めた。甘いケーキの代わりに与えたのは低糖質メニュー、運動多め。“健康志向”の帰結がこれである。
「ちょっ、ちょっと!これじゃマッスル・マリーゴっちじゃありませんの…!!」
しかしダニエルは、諦観をもって言う。
「これが、たまごっちの、進化……なのかもしれません」

ところが夜明け前、そのマッスル・マリーゴっちが天寿を全う。

「カネア様ァ!!!!」
「なに、朝からうるさいですわね」

「…………」

「…………」

「…………」

挿絵

画面には「天国へ旅立ちました」。
社長、一瞬で声を失う。副社長、黙って肩に手を置き、「天国でも筋トレを」と慰めた。

「……宇宙葬にいたしましょう」
MAMに即跳ねられた。代わりにアメイジング・グレイスが流れ、故たまごっちの思い出が語られる。合掌。

「……最初はイヤでしたわ。ムキムキすぎて……」
「でも、いまは――誇りですわ」

静寂のあと、社長はコーヒーの湯気を見て宣言した。
「マッスル・マリーゴっち2世を誕生させますわ」
「またムキムキにする気ですか???」とダニエルが問いただすと、カネアは意味深に微笑んだ。
「ええ。今度は……ボディビル大会優勝を目指しますわ」
マッスル・マリーゴっち2世。たぶんまた筋肉になる。それでもいい。会社が潰れないためにもたまごっちくらいムキムキでいてくれたほうが頼もしい。

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